• 58、有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする

     

    大弐三位

     

    <愛していないですって? 否、なんて、あたしがあなたを拒んだことがあるの? いなのささ原だわ。ありませんよの有馬山、ってところね。

    あなたごぞんじ? 有馬山、そのふもとの猪名の笹原に 風がわたると さやさや、そよそよとかすかな葉ずれ そうよ、そうよとささやくの。

    そうなのよ、あなた あたしがあなたを忘れると思って?忘れるはずがないじゃないの>

  • 57、めぐりあひて 見しやそれとも 分かぬまに 雲がくれにし 夜半の月影

     

    紫式部

     

    <何年ぶりかしら 久しぶりにあなたに逢うなんて ほんとにあなた? もっと顔見せてよ 幼顔が残っているような気もするし 何だかあやふや 夢のような思いのうちに あなたはもはや 雲に隠れる 夜半の月のように 帰ってしまったのね>

  • 56、あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな

     

    和泉式部

     

    <あたし もう長くはないわ あの世へ旅立つ思い出に もういちど せめてもういちど あなたにお逢いしたいわ>

  • 54、わすれじの 行末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな

     

    儀同三司母

     

    <お前のことは忘れない とあなたはおっしゃっやわね ほんとかしら そのお言葉 信じられるかしら 行末のことはたのみがたいわ それよりいっそ 今日のこの恋の幸福の絶頂で死んでしまいたいわ>

  • 53、なげきつつ ひとりぬる夜の 明くるまは いかに久しき ものとかは知る

     

    右大将道綱の母

     

    <今夜もいらっしゃらなかった…… ためいきをつく 独り寝の床の 夜の長さ 夜あけまでの長さを あなた、ご存じ?>

  • 50、君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな

     

    藤原義孝

     

    <君への思いが実をむすんで もし愛し愛される仲になるならば この命を捨ててもいい—— 死んでも惜しくはない そう思っていたんだ しかしほんとうにそうなったら 気持ちは変わった 僕は生きたい 長く長く生きて いつまでもきみと愛し合いたい そう思うようになったんだ>

  • 46、由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え 行方も知らぬ 恋のみちかな

     

    曾禰好忠

     

    <紀の国の由良 その由良の海峽を渡る舟人が 梶を失ってただようように わが恋もまた 行方も知れず ただようばかり ただゆらゆらと……>

  • 41、恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか

     

    壬生忠見

     

    <ぼくが恋に悩んでいるという噂は 早や 世間に散ってしまった ぼくは あのひとを 人知れず 思い初めたばかりなのに……>

  • 40、忍ぶれど 色にいでにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで

     

    平兼盛

     

    <ぼくは 自分の思いを じっと胸に 秘め隠してきたが おのずと顔や雰囲気に出たのか “君は恋しているんじゃないか 物思わしげにみえるよ”と 人にたずねられるほどになってしまった>

  • 35、人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける

     

    紀貫之

     

    <あなたは さあね どんなお心かわかりませんが この昔馴染みのふるさと そこに咲く花は 昔に変わらぬよい匂いで私を迎えてくれますねえ>

  • 33、久方の 光のどけき 春の日に しづこころなく 花の散るらむ

     

    紀友則

     

    <日の光のゆったりのどかに あたたかい春の日 まことにおだやかな好日 人みな陶然とやすらぐとき それなのに桜の花ばかりは 静かなこころもなく あわただしく散りまがう 音もない花吹雪 なぜそんなに散りいそぐのか……>

  • 32、山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり

     

    春道列樹

     

    <山道をゆけば 川の急流にひとところ 秋風がかけた しがらみができている 風が作った しがらみって 何だか わらるかい きみ 紅葉なんだよ 深紅のしがらみなんだ 紅葉はしきりに落ちたまり 水は流れることもできぬ 秋風の風雅ないたずら 美しい紅葉の しがらみ>

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    30、有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし

     

    壬生忠岑

     

    <空には有明の月が つれなく かかっていた あなたのそばにもっといたかったのに 明ければ帰らねばならぬ世の習い ぼくは心残して帰った あの日からというもの ぼくにとって暁ほど 切なく辛いものは ないようになったんだ>

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    24、このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

     

    菅家

     

    <この度の旅は あわただしく発ちましたから 幣の用意もできませなんだ 手向山の神よ この見事な美しい紅葉の錦を 私の捧げる幣として み心のままにお受け下さい>

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    23、月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど

     

    大江千里

     

    <秋の月を見れば 物思いさまざま 心は千々乱れてうら悲しいのだ 私ひとりのために 秋がきたのではないけれど>

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    21、いま来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ちいでつるかな

     

    素性法师

     

    <あなたが これからすぐ行くよと おっしゃったばかりに まあ どうでしょう 秋の夜長を ずうっと私は待ちこがれ とうとう九月の有明の月が出るまで むなしく過ごしてしまったわ>
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    19、難波潟 みじかき芦の ふしの間も 逢はでこの世を すぐしてよとや

     

    伊勢

     

    <難波潟に生い茂る芦 その中でもことに短い芦の その節と節の間は いっそう短いわ そんな短い逢瀬の機会さえ あなたはつくってくれず あたしにこのまま過ごせというの? これっきりだと あなたは言うの?>
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    13、筑波嶺の みねより落ちる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

     

    陽成院

     

    <東国の歌まくら 筑波山 その峰々からしたたり落ちる 小さな流れも 積もり積もれば男女の川となるのです ――私の恋も 次第につもって いつしか深い淵となりました>
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    12、天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ

     

    僧正遍昭

     

    <天空を吹く風よ 雲の中のかよい路を吹いて閉ざしておくれ 天へかえる少女たちをもうしばらくとどめておきたいから……>
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    10、これやこの 行くも帰るも わかれては しるもしらぬも 逢坂の関

    蝉丸

    <これがかの 有名な逢坂の関よ 東くだりの旅人も 都へ帰る旅人も 知る人も 知らぬ人も 別れては逢い 逢うては別れ してゆき交う 人の世の別れと出会いを暗示するかの その名も 逢坂の関>

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    9、花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

     

    小野小町

     

    <花の色はもはやうつろうてしまった この長雨に桜も散り 色がわりした それと同じように 私自身 物思いに屈しているうちに いつか 盛りの若さも過ぎてしまったのだ>
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    7、天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

     

    安部仲麻呂

     

    <大空はるかに ふりあおげば 明るい月がかっている あれは その昔 私が故郷の日本で見た月だ 奈良の春日にある三笠山に さし出た月だ>
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    3、あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む

     

    柿本人麻呂

     

    <山鳥の長々しいしだれ尾のように まことに長き秋の夜を 山鳥の雄と雌が離れて恋い合うに似て あなたを恋いつつ ひとり寝をすることよ>